【広告・PR】
酷暑あきたネバトロうどんの謎を追え!【解決編】
臆病になってしまう私は、今、この瞬間に終わりにしたい。
私は、今の思いを口にした。
ホームズさんは、私の願いを聞いてくれると言ったばかりだ。絶対に、無下にしないのだ。
「私、教えてほしいことがあんだ」
「ん、ソナタ君、何だい?」
「でっけぇ悩みを無ぐす方法だ」
「あぁ、悩むのは良くない。同じ場所を行ったり来たり。ただ少しずつ、悩みの立つ位置をずらして、考える方向に向かえばいいんじゃないかい?」
「悩みと、考えるのは、違うんだが?」
「あぁ、そうだね。前提として、両方とも善悪ではない。渦巻きの中心へ行くのが悩みで、考えるのは迷路のゴールに向かうような感じだ」
悩みは、どんどん内向きに進んでいる。
考えることは、どんどん外向きに進んでいる。
未来へ向かって歩いているのは、考える人なのだろう。
あぁ、彫刻の『考える人』は何かを考えているのでなく、地獄に落ちる人たちを見つめる人だった。
元々はロダンの『地獄の門』という作品の一部だと聞いたことがある。
ただ考えても、ただ見つめても。どちらにせよ、大事なのは次の行動だ。
ゴールへ向かって歩き出すには、その場所を2本足で動くことが求められる。
人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩だ。
月面着陸した宇宙飛行士アームストロングみたいな出来事に、今日の私を当てはめる。
戸を開けて、部屋に入って、2人で話して。
私は今日、偉大な一歩を踏んだ。人類にとって、有益かは知らない。
探偵エルフさんの碧い目をずっと見つめていた。
私も彼女の目の美しさに惹かれた。
「ゲッフン! ソナタ君は、今日のソナタ君は、積極的すぎて心臓がドキドキするぞ!」
「今さら、んたこと言うのがー。おめがいつも私さやってらことだぞ?」
探偵エルフさんのわざとらしい咳払い。
怯まずに私はまっすぐな事実を告げた。
すると、珍しく彼女の方から、恥ずかしそうに目を逸らした。
足裏を合わせて、そのつま先を両手で持つ。達磨のように背中を丸め、左右に身体を揺らす。
ツインテールには結っていないので、長い金髪が揺れている。
「当事者になって、初めて分かる気持ちもあるものだ。うんうん、それは良い経験だ。だが、それにしても落ち着かないものだ」
「愛を受ける身さなって分がったべ」
「あぁ、なるほど。ん? んん? んんん? 愛……を君から私が受けているのか、今」
「う、うん。好きで間違ってね。ばって、距離感がまだよく分がってねんだ、私はさ」
「あぁ、そうか。近すぎたり、遠すぎたり、か」
「んだす」
ホームズさんの身体の揺れがようやく止まった。
これが驚きの展開でもあったようだ。揺れないための自信になったのかもしれない。
察するに、そろそろ答えが出そうなのだ。
ホームズさんへの距離感をどうすればいいか、私の心配であった。
最初からグイグイと彼女がこちらに接近して、ソナタ君と名前呼びだった。そのノリの良さに、私は正直に困ってしまった。
傍から見れば些細な悩みだ。
牧草地で飼われていたような私は、のんびり過ぎた。
接近してくる牧場犬に、どう反応すればいいか分からなかったようだ。
ただ自然の流れで、一緒に走ればいいのに。
一緒に走っていいですか? と、いちいち牧場犬に確認する牛がいるのだろうか。
ホームズさんは、私が話した気持ちを、前向きに受け止めてくれた。
「何だい。私は嫌われていたわけではないのか!」
「んだ!」
「私はソナタ君なら近づいてきても拒否しない!」
「んだが!」
「私は本来なら弘前の姉の下へ、すぐ行く予定だった!」「んだの!」
「でも、私は冬の間、大雪で秋田県内に留まってしまった!」
「んだすか!」
「財布を落としたり、ね。色々あって、阿仁を出て大館へ来たのが、君との出会ったときだ!」「んだったのが!」
「旅行は計画通りに上手く行かない。だけど結果として、ソナタ君に出会った。今がとても楽しい!」
「ん……だの……が」
全部、「んだすか」で相づちを打つ作戦だった。
だけど、ホームズさんの心からの言葉を受け止めきれなくなってきた。
こんなに強い言葉を上手く掴めない。正直、この期に及んで、恥ずかしさを覚える自分が悔しい。
私は少し俯きかけた。
ホームズさんは首を左右に振って、それから、はにかんで笑った。私の気持ちを察してくれた。それは素直に嬉しい。
「ソナタ君は、私の真似をしなくてもいい。私が君に対して、勝手に誠実な人であろうとしているだけだ。君の価値観で、君の速さで動いてほしい」
「……待ってけるんだが?」
「あぁ、待つとも。姉だって、しばらく弘前の病院から動くことは出来ないさ。それに私はエルフらしくない、不真面目なエルフなんだよ。ただ自分の心に忠実ではある。君のためになら待てるよ」「おめらしいな!」
「分かってくれて助かるよ、ソナタ君。これからの夏遊びを楽しもう!」
「んだ、もう夏休みだすべ!」
夏至をひと月だけ過ぎたくらいで、夕陽の時間はまだ少し長めだ。
梅雨の蛙の鳴き声は、いつの間にか夏虫の音に変わっていた。
湿度が高いのは、今も変わらない。
気温の昼夜差も大きく、夜は少し肌寒い。
『じゅんさい』うどんが入っていた器、その内側に並ぶ箸。
私たちは、出会ってから過ごした時間が、まだ短くて、まだ戸惑っていた。
大声で叫んで、ようやく気持ちが伝わるくらいだ。
秋田の夏は、まだ始まったばかりだ。
【広告・PR】