秋田へようこそ探偵エルフさん5-3

秋田へようこそ、探偵エルフさん!//
  1. ホーム
  2. 秋田へようこそ、探偵エルフさん!
  3. 秋田へようこそ探偵エルフさん5-3

【広告・PR】

酷暑あきたネバトロうどんの謎を追え!【解決編】

前回・・・秋田へようこそ探偵エルフさん5-2

 臆病になってしまう私は、今、この瞬間に終わりにしたい。

 私は、今の思いを口にした。

 ホームズさんは、私の願いを聞いてくれると言ったばかりだ。絶対に、無下にしないのだ。

「私、教えてほしいことがあんだ」

「ん、ソナタ君、何だい?」

「でっけぇ悩みを無ぐす方法だ」

「あぁ、悩むのは良くない。同じ場所を行ったり来たり。ただ少しずつ、悩みの立つ位置をずらして、考える方向に向かえばいいんじゃないかい?」

「悩みと、考えるのは、違うんだが?」

「あぁ、そうだね。前提として、両方とも善悪ではない。渦巻きの中心へ行くのが悩みで、考えるのは迷路のゴールに向かうような感じだ」

 悩みは、どんどん内向きに進んでいる。

 考えることは、どんどん外向きに進んでいる。

 未来へ向かって歩いているのは、考える人なのだろう。

 あぁ、彫刻の『考える人』は何かを考えているのでなく、地獄に落ちる人たちを見つめる人だった。

 元々はロダンの『地獄の門』という作品の一部だと聞いたことがある。

 ただ考えても、ただ見つめても。どちらにせよ、大事なのは次の行動だ。

 ゴールへ向かって歩き出すには、その場所を2本足で動くことが求められる。

 人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩だ。

 月面着陸した宇宙飛行士アームストロングみたいな出来事に、今日の私を当てはめる。

 戸を開けて、部屋に入って、2人で話して。

 私は今日、偉大な一歩を踏んだ。人類にとって、有益かは知らない。

 探偵エルフさんの碧い目をずっと見つめていた。

 私も彼女の目の美しさに惹かれた。

「ゲッフン! ソナタ君は、今日のソナタ君は、積極的すぎて心臓がドキドキするぞ!」

「今さら、んたこと言うのがー。おめがいつも私さやってらことだぞ?」

 探偵エルフさんのわざとらしい咳払い。

 怯まずに私はまっすぐな事実を告げた。

 すると、珍しく彼女の方から、恥ずかしそうに目を逸らした。

 足裏を合わせて、そのつま先を両手で持つ。達磨のように背中を丸め、左右に身体を揺らす。

 ツインテールには結っていないので、長い金髪が揺れている。

「当事者になって、初めて分かる気持ちもあるものだ。うんうん、それは良い経験だ。だが、それにしても落ち着かないものだ」

「愛を受ける身さなって分がったべ」

「あぁ、なるほど。ん? んん? んんん? 愛……を君から私が受けているのか、今」

「う、うん。好きで間違ってね。ばって、距離感がまだよく分がってねんだ、私はさ」

「あぁ、そうか。近すぎたり、遠すぎたり、か」

「んだす」

 ホームズさんの身体の揺れがようやく止まった。

 これが驚きの展開でもあったようだ。揺れないための自信になったのかもしれない。

 察するに、そろそろ答えが出そうなのだ。

 ホームズさんへの距離感をどうすればいいか、私の心配であった。

 最初からグイグイと彼女がこちらに接近して、ソナタ君と名前呼びだった。そのノリの良さに、私は正直に困ってしまった。

 傍から見れば些細な悩みだ。

 牧草地で飼われていたような私は、のんびり過ぎた。

 接近してくる牧場犬に、どう反応すればいいか分からなかったようだ。

 ただ自然の流れで、一緒に走ればいいのに。

 一緒に走っていいですか? と、いちいち牧場犬に確認する牛がいるのだろうか。

 ホームズさんは、私が話した気持ちを、前向きに受け止めてくれた。

「何だい。私は嫌われていたわけではないのか!」

「んだ!」 

「私はソナタ君なら近づいてきても拒否しない!」

「んだが!」

「私は本来なら弘前ひろさきの姉の下へ、すぐ行く予定だった!」

「んだの!」

「でも、私は冬の間、大雪で秋田県内に留まってしまった!」

「んだすか!」

「財布を落としたり、ね。色々あって、阿仁あにを出て大館へ来たのが、君との出会ったときだ!」

「んだったのが!」

「旅行は計画通りに上手く行かない。だけど結果として、ソナタ君に出会った。今がとても楽しい!」

「ん……だの……が」

 全部、「んだすか」で相づちを打つ作戦だった。

 だけど、ホームズさんの心からの言葉を受け止めきれなくなってきた。

 こんなに強い言葉を上手く掴めない。正直、この期に及んで、恥ずかしさを覚える自分が悔しい。

 私は少し俯きかけた。

 ホームズさんは首を左右に振って、それから、はにかんで笑った。私の気持ちを察してくれた。それは素直に嬉しい。

「ソナタ君は、私の真似をしなくてもいい。私が君に対して、勝手に誠実な人であろうとしているだけだ。君の価値観で、君の速さで動いてほしい」

「……待ってけるんだが?」

「あぁ、待つとも。姉だって、しばらく弘前ひろさきの病院から動くことは出来ないさ。それに私はエルフらしくない、不真面目なエルフなんだよ。ただ自分の心に忠実ではある。君のためになら待てるよ」

「おめらしいな!」

「分かってくれて助かるよ、ソナタ君。これからの夏遊びを楽しもう!」

「んだ、もう夏休みだすべ!」

 夏至をひと月だけ過ぎたくらいで、夕陽の時間はまだ少し長めだ。

 梅雨の蛙の鳴き声は、いつの間にか夏虫の音に変わっていた。

 湿度が高いのは、今も変わらない。

 気温の昼夜差も大きく、夜は少し肌寒い。

『じゅんさい』うどんが入っていた器、その内側に並ぶ箸。

 私たちは、出会ってから過ごした時間が、まだ短くて、まだ戸惑っていた。

 大声で叫んで、ようやく気持ちが伝わるくらいだ。

 秋田の夏は、まだ始まったばかりだ。

【広告・PR】

【次回】

秋田へようこそ探偵エルフさん6-1 

関連ブログ記事

\シェアボタンです/