【広告・PR】
群青の心境と黄金の自転車道の謎を追え!【推理編】
9月上旬、清々しいほどの青空。
秋田県は年間を通して、曇りがちな天気が多い。
なので、夏の延長戦は、少しだけ気分が良い。
この日、大館市は、予想最高気温が30℃を超えない程度で、晴れの予報だった。
大館市比内町の扇田。道の駅ひないの歩道に、私たちは自転車とともに集合していた。
秋のサイクリングには、絶好の日和だ。
ただ、レナの顔色があまり良くない。
あぁ、そうか。二輪移動でも、原付バイクでなく、自転車だ。
彼女は、自分の体力の無さを自覚している。
そして、友人たちの足を引っ張るのが分かり、場都合が悪いのだろう。
ハンドルを持つ手、両肩に力が入っている。そんな彼女に、私も自信がないことを伝えた。
「そんた心配さねっても大丈夫だ」
「そうかなぁ。エルフさん、マイペースでいいのかい?」
「今日の走行距離、私なりに予想したばって、レナの体力で勘定さねごとにした」
「あぁ、ソナタ君でも厳しいのかい。ならば私は、最初から戦力外通告だよ」
「まんつ、走るべし」
「そうだな」
考えるのを止めて、私たちは自転車を漕ぎ出した。
先に発ったシアとミヒロは、元気があり過ぎるようだ。
JR東日本の花輪線にかかる跨線橋を、さっさと越えて行ってしまっていた。最初から、橋を超える過酷な自転車の旅に、レナの目つきが険しくなっていた。
旧比内町は、大館市と合併してから15年以上になる。
その比内地区は大きく分けて、扇田、東館、西館、大葛である。ヒナイという読み方は、アイヌ語の地名読みに由来しているとされる。
日本史では9世紀ごろに、すでに存在していた地名である。
中世時代は、比内浅利氏が居城を置き、この地を治めた。その後の江戸時代、大館を含む地域は、佐竹氏が治めることになる。
戊辰戦争を経て、明治・大正・昭和の時代を過ごす。
上記の4地域の町村を合併し、比内町制が始まった。
さらに平成の市町村合併で、現在の大館市比内町に至る。
長い歴史と文化がある比内は、水路と陸路が交わる経済的な拠点であった。
米代川、犀川、などの水路がある。そして現在では、国道や県道となる、陸路が多数通っている。
扇田の馬喰町は、広大な米代川の岸辺にある。つまり、川と陸の道同士が交わる場所にある。
馬喰とは、家畜商のことを指す。この辺りに、そのような市場があったのだろうか。確かに市場が出来そうな、地理的要因はある。
かつて存在した大葛金山からの鉱物や、近くの山々からの材木を人馬で輸送し、扇田の河港から米代川を船で往来し、物資を集散していたようだ。
さすがに、道路網の発達した現代の車社会では、そういう運送はないと思われるが。
この地域を鎮護する神社が、扇田神明社だ。旧所在地は、かつて存在した扇田の長岡城の場所だ。その城跡の標柱は、道の駅ひないの駐車場にある。
現在の扇田神明社は、米代川沿い、扇田の東端に鎮座している。
歴史ある神明社の参拝を終えた、私たちはまた自転車に乗る。
雪沢地区に住むミヒロが、比内に住むシアを煽る。「あたしからすると、扇田は都会だぜ。シアちゃん、もっと楽しませてくれよ~」
「ミーちゃんの余裕は、いつまで続くかね~。今から楽しみ~」
「おおん? 次は何処だ?」
「じゃあ、扇田駅経由で、達子森だね!」亀と蟹は、お互いに煽り合う。
森? そうだっけ? 山でしょう。
それが、達子森だ。
こんもりしている小山は、扇田周辺を散策していると見える。
私は、向こうに見える小山を眺めた。
街中を自転車たちは進む。
扇田駅前には、江戸時代から続く扇田市日がある。
「0」と「5」が付く日の午前中、朝市が開催される。食べ物や花、日用品が並ぶ、住民の憩いの場だ。
前回、タイミングがあったとき来た扇田市日で、農園晴晴さんの『おはなにんにく』を買った。万能にんにく醤油を作ったが、私の料理がはかどった。
思い出したら、よだれが出てくる。また今度、訪ねてみようと思う。
当然、私の食い意地を満たすためだ。よし、今度来るときは、市場の美味しいものを制覇しよう。
自転車軍団は、西館の踏切と、犀川にかかる橋を越えた。
秋風は自転車に乗っていると心地よい。風がそよぐ場所は、農道だ。
黄金色の稲穂が垂れる田んぼが広がっていた。
独特の香ばしいような匂い。どこか懐かしさがある。
先祖から受け継いできた、農民の性だなーと、私は実感する。
ゆるいカーブの登り坂を抜けて、薬師神社の白い鳥居の前を通り、達子森公園の内で一休みした。
ミヒロは飛ばし過ぎて、体力がほぼ尽きた。自転車にまたがったまま、ハンドルに向かって項垂れている。
シアは嫌らしい煽り方をした。
「ミーちゃん、あれれ~、楽しんでる~?」
「シア、てめぇ……覚えてろよ!」
「ちょっと、もうちょっと休んで……」
「うるせぇ!」
シアの煽りを真に受けてしまった、ミヒロは勝手に自転車を出す。
慌てて、私たちも後を追うことになった。
何だか、よくない気がする。
あの緩いカーブの坂道。まさかと思ったけど、血の気が多いミヒロは、自転車ごと転倒した。
自転車を停めて、すぐにミヒロの怪我の具合をシアが診た。
まるで母親のような、怒りと心配が混じった表情を級友はしていた。
さすがに旧友は、自分の足首を見て、顔をしかめていた。
「左足首の腫れ、たぶん捻挫だと思う。ミヒロちゃん、とても自転車の運転が出来る状態じゃないよ。歩いて戻ろう」
「……ダメだ」
「そういう問題じゃないんだよ! 今、無理してどうするの!」
「……あたしの話じゃねぇ!」
ミヒロは自転車の旅を続けたいようだ。さすがに、シアも感情的になって止めにかかる。
その発言、ミヒロの我が侭と思ったんだけど、何だか方向性が違う気がした。
旧友は、私たちのことを気にしていたのだ。
「あたしは止めるけど、お前らだけ、自転車の旅を最後まで続けろよ」
「おめ、何、しゃべってんだよ!」
それこそ、寂しい。
自分勝手な決断じゃないか。私まで怒りに震えてきた。
【広告・PR】