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うっかり除雪のち温泉パラダイスの謎を追え!【解決編】
十和田樹海ラインは、大館市から小坂町、そして鹿角市へ至る県道2号線のことである。 秋田県側の十和田湖から、大館市の木造ドーム施設『大館ニプロハチ公ドーム』を結ぶ道路だ。春夏秋冬の景観は、車のドライブ趣味があれば、とても楽しめるコースでもある。
とはいえ、私は高校生のご身分なので、その一部しかまだ知らない。
その道路上に、雪沢温泉はあった。晩秋の落葉がとうに過ぎているのに、青々とした葉が見える。
あれは、常葉樹の杉の山だ。
パウダー状の白い雪を少しかぶっているので、玩具の世界、もしくはお菓子の世界のようだ。
目線を遠くから近くに戻す。
ここ、雪沢温泉の駐車場。
その向こうに、お湯が流れる道があり、白い湯気があがっている。
何だか、急に現実世界を実感してしまう。
秋田は、もう冬だ。空気がひどく冷たい。
「寒ッ」私が最後方。
慌てて、追いかける。
父とレナは、あまり風景を見ていないようだ。
2人の脳内は、温泉でいっぱいなのだろう。
ガラガラと鳴る、入口の戸を閉める。
宿内は、古き良き感じ。
靴棚、券売機、ガラス扉の冷蔵庫、木の看板。
ザ・温泉……だな。
私たちは、奥の番台さんに挨拶をして、入浴券を置き、そそくさと階段を上がった。
脱衣所。
レナの着替えが倍速だった。
先ほど見た蓑虫状態のレナは、どこに行ったんだろう。
かぽーん、と空耳が聞こえる。
戸の向こうは、レトロ感ある温泉だ。
どことなく霧がかり、芒硝臭がする気がする。
シャワー台の前に椅子と桶をおいて、レナはドヤ顔で陣取った。
レナの戯言を聞き流して、彼女の長い金髪に私は手をかける。
「ふっふっふ。温泉は身体を流して入るのがマナーだろう。私はもう、そんなビギナー外国人ではない」
「んー。髪を結んでやろーかー?」
探偵エルフさんは、アヒル口で私の顔を見た。
そのタイミングで、別の来客たちが入って来たようだ。
場の空気を読まない長身の女の子。そして、彼女を制する小柄の少女だ。
「うー、さむーい!」
「戸を閉めろ。他の人が肌寒いだろうが」
「へ~い!」
「返事は、はいだ」
あえて空気読まない長身っ娘が、シア。
そのシアに振り回される小柄の娘が、ミヒロ。
高校の同級生2人が、私たちの姿を確認した。
あ……。
前に旧友と言ったのは、このミヒロのこと。
この温泉はそもそも、ミヒロの祖父の経営する宿なので、どこかで会う可能性があった。
空気を読むのが上手いミヒロなので、逆に会わない状況に持っていく、と私が勝手に思っていただけか。
ただしシアがいれば、ミヒロも場の空気を読めなくなる。
「よぉ」
「うん」
ミヒロと会うのが、私にとって気まずいことはない。
相棒のワガママさを、お互いが瞬時に察したのだ。
出来れば、レナに冬の温泉の良さを味わってもらいたかった。
残念だけど、シアの前では、その目的を100%達成できない。
こうなったら、私だけは楽しく温泉に入ることにしよう。
レナの髪結いを手早く終えると、シアに頭を下げてもらい、私は耳打ちした。
「雪かきでレナはたいそうお疲れだから、身体を洗って整えてあげて」
「あいよ~!」
ゴリゴリ。バキバキ。怪しい擬音が続く。
陸上部に所属していたシアのマッサージは、筋肉から乳酸を力づくで追いやる。
つまり、拷問並みに痛い。だが、とても疲労に効く。
目が点になっているレナは、1度目の断末魔をあげた。
「にゅああああああああああああッ!」
私は、さっさとかけ湯をして、温泉に入る。
ここのお湯は、私の肌に一番合う。
広くて、温かくて、心地よい。
ミヒロが呆れた顔をして、私の隣に腰を下ろした。
「お前、レナに容赦なくなっていないか」
「なんも、良んだ」「あら、拗ねているのか」
「うっせぇ。黙って入ってろ」
ミヒロが私にちょっかいを出す。
昔のように照れ隠しで、私は強めに返事をした。
過去は水に流した。もとい温泉に流した。
その方が、私が私らしく生きていける。
ミヒロに対しても、シアに対しても、そしてレナに対しても、私は私以外のキャラを演じることはもうしない。
私の怒った顔が、ミヒロのお気に召したらしい。追撃のちょっかい。
「なぁ、窓から見える山がさ、アポ〇チョコみたいだよなぁ」
「お前、小学生の私の失言を、今になって出しやがって!」風呂に沈めようと、私はミヒロの両手を掴んだ。
昔からじゃれ合いはよくやっていた。
ここは怒るところだろうか。いや違うだろう。
もう今は高校生なのだよ、私よ。
拷問のようなシアの洗体から、ようやく逃れたらしくレナがお湯につかる。
疲れたサラリーマンのような顔をしたレナは、すぐに目を見開いて、3回、お湯の中で飛び跳ねた。
「アッツ! ワッツ? にょわッ!」
私とミヒロは、正しい反応を見て、高校生らしく平常心を戻した。
あー、察し。
この温泉は、近くの温泉と比べて、とても熱い。
常連客になると、この温度で心地よくなるのだ。
風呂上り。
そそくさを服を着替えたレナは、ふてくされた目で自販機にコインを入れていた。
レトロな牛乳瓶が出て来た。
おいおい、せっかく温まった身体を牛乳で冷やすつもりか。
寒いからコタツでアイスを食べるような暴挙、と同じレベルの|温活《おんかつ》違反だぞ。
いつの間にか、ミヒロとシアも、牛乳瓶を持っている。
あー、禁断の温泉後、腰に手を当てて、牛乳ぷはーッじゃないのか。
あー、うめーッ。
あー、ずるいですね。
結局、私も牛乳を瓶で飲んだ。キンキンに冷えてやがり、悪魔的な美味さだった。
温泉看板孫娘のミヒロが、ヤナギさんの家の車で、シアも連れて帰るように強い口調で言った。
そのシアと家の居候レナは、後部座席で先ほどまでじゃれ合っていた。
温泉によって、自律神経が整ったのか。その心地よい疲れで、2人とも寝てしまった。
幸せそうな寝顔が2つが、バックミラーに映っている。
冬の楽園をレナは見つけてくれた。私からレナへ贈るプレゼントは、これで十分なのだ。それなのに、何故、まだ私は笑えないのだろうか。
運転席でハンドルを握りながら、父は口を開いた。私のことを私以外で、父が一番知っている。
「俺はめんどくせと思ってね」
「本当だが? 自分の誕生日なんだよ?」
「ソナ、今幸せだが? 俺は今日だば良い日だど思ってら」
「え……、あ、その……今日は良い日だと思う」
何故か、私は畏まってしまう。
私以外の他人の願いに振り回されて良い日だって?
父はドMなのか。
でも、私は娘として、それを嬉しく思う。妙な話なのに、しっくり来た。
何で。子供の頃のような疑問。いや、今も子供だ。
我慢できず、私は苦笑いした。
「ちょっと前まで、ソナに我慢ばっかさせていた。母さん、歩亜は、もうこの世にいねのにな」「お父さんの誕生日を祝ってあげるのは、もう私だけだよ」
「せばよ。ソナのクリスマスを祝ってやれるんのは、俺だけか? そいだば違うべ?」
文字通り、父の言葉が、私の胸に刺さった。すぐに返事が出ない。
車のワイパーが、みぞれを窓から払う。
私の家族だけが、世の中の全てではない。私たちの世界では、もっと人間関係は深く広いのだ。
レナがクリスマスを気にしているのは、きっと私たちと祝いたいからだ。
そんな聡い探偵エルフが、私の父の誕生日を忘れているわけがない。
すると、レナと同じような言葉を、父は口にした。その言葉に熱い魂を感じる。
「ソナ、下を向いたらダメだ。俺は家族だけを、ソナだけを幸せには、もうしねぇぞ。ソナの周りの友達も、みんな同じように幸せにならねばねべ?」
「んだな。ありがとう、お父さん。あとさ、誕生日おめでとう」
私は視線をあげて、素直に話した。父の気持ちも分かったからだ。
以心伝心。
自分と他人が話さなくても、心と心は繋がっている。
ただし、素直に話し合ったら、もっとお互いのことが理解できる。
私からあなたへ。あなたから私へ。
がんばって思いを伝えられた。
秋田県民の性がすぐに来た。急に恥ずかしくなったのだ。私も、父も。
まだ冬の寒さは弱いのではないか。心音が早まり、顔から湯気が止まらないのだ。
皮肉なことに、とても良い温活だった。
いつの間にか、十和田樹海ラインから、我が家の車は離れていた。
今年の12月23日も過ぎていく。
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