本ページはプロモーションが含まれています。
【広告・PR】
うっかり除雪のち温泉パラダイスの謎を追え!【推理編】
バンダナを頭に巻いた強面おじさんこと、柳光春は私の父だ。怖い顔とは対照的に、やや砕けた秋田弁と、無駄な雑学を軽快に話す。
謎のおじさん隠者である。
冗談だ。
秋田県の木工職人である。
そのため、初見の頃からレナは、木の匂いを身にまとう父を信用していた。
落ち込んでいるレナに、ためらうことなく話す父。
ガードが堅い娘の私より、父の雑学は、知識欲に飢えたレナに効果抜群だ。
「レーちゃん。陰陽はな、両方が吊り合っで、人間のバランスが取れるんだ。闇があんがら光があるど、小林多喜二は言ったそうだ。んだばってな、俺んどは元々、光を知ってんがら、闇から抜けだときに、より眩しく感じるべ。まんつ、どっちも人さ必要だって話しっこだ」 「プロレタリア文学。小林多喜二。蟹工船の作者ですか。その、ミツハルさんの解釈では、闇と光は対になっているということですか?」「んだんだ。冬は光も温かさも、根っがら足りねえんだ。そいだば足りねえ分を自分で補えば、おめの言った、冬の対価になるべな」
小林多喜二氏は、秋田県大館市の下川沿に生まれだ。つまり私たちの、郷土の偉人である。
激動の大正~昭和初期に、彼はプロレタリア文学の作者として名を遺した。
その小林氏の名言がある。「闇があるから光がある。そして闇から出てきた人こそ、一番ほんとうに光の有難さが分かるんだ」
父の話はその引用で、独自の解釈がある。
闇は光、光は闇。
陰陽が吊り合っている。それぞれが存在しているので、世の中になるというのが、父の考えだ。
寒いなら、暖をとる。
暗いなら、光を点ける。
今できる日常的な対処をする。
そうすれば、光と闇に例えた自分の欲求が、それぞれ天秤で吊り合うのだ。 私も父の話を聴いて冷静になり、レナの欲を満たすのは、冬の温活だろうと想像がついた。その温まる方法はたくさんある。
「ミツハルさん。では、質問を変えますよ。こんな寒くて過酷な労働に、何を補うんですか?」
「ソナが今朝、『冬の楽園だー』って、寝ぼけて言った。冬はいずれ終わるんだがら楽しめだば俺も賛成だ」
「労働の後に、アクティビティですか?」
「バナナボート」
「確かに、たけや製パンのバナナボートなら、通年で食べられますね」
「んでね。スノーモービルさ、人がライドオンしたバナナの乗り物を引いてもらう」
「おう、えきさいてぃんぐれじゃー。とっても、はやいでーす」
レナが棒読みになった。
流石に探偵エルフさんも、驚きの向こう側に行ったか。
父のおすすめ話は極端だから、聴き手の感情が驚くあまり虚無の方へ行く。
私の心中は複雑だ。
父のとぼけた発言の件は置いておいても。
除雪の後に、アクティビティをやるだろうか。
うーん。
やる人いるかも、楽しそうだから。
父の考えは、たまに娘の私でさえ狂気的に感じる。
木工職人ゆえ、独創的だ。
食べる方のバナナボートは、たけや製パンという秋田のパン屋さんのなじみの商品だ。
ゴロッとバナナが、スポンジ生地とホイップクリームに包まれた、美味いやつである。
レナは、この菓子パンを食べ過ぎて太った。
父は冬の雪上レジャー。
近場で体験できるものとして、バナナボートを例に挙げた。
人が乗ったバナナを引き、馬力あるスノーモービルが雪中を高速で駆ける。
これはこれで、私は楽しそうだと思った。
雪も舞い上がるし、人のテンション爆上げだし、体温も上がってポッカポカだし。
バランス運動の苦手なレナには、ただ振り落されないように、恐怖で必死になるように、私にはその光景が想像できた。
父は方向性を替えた。
テンションを上げて温まるより、実質的に温まる方だ。
これにもレナは、苦笑いをしただけだった。
「サウナは良いぞ。温まってから、雪にダイブ。冬しか出来ねぇ整え方だ」
「ふむ。フィンランド人がエンジョイしてそうですね」
「秋田の者どももエンジョイしてらぞ」
「はは。そうですか」
先ほど感情の限界値を突破した後、レナのお愛想が辛辣すぎる。
無茶苦茶、他人行儀なリアクションだ。
北秋田市の北欧の杜公園では、バナナにも乗れるし、フィンランド式サウナにも入れる。 まさに冬の温活パラダイスだ。そのサウナは秋田県内に利用できる場所が増えている。
十和田湖や田沢湖、それに白神山地の麓でも流行っているそうだ。 秋田の冬は、本場の北欧と同じように楽しい、と私は思う。だが、ものぐさレナが楽しまなければ、冬の楽園の意味がない。
さて、ニコニコ顔の父が気づく前に、私は咳払いして、家に入ることを提案した。その最中で、作戦を練り直そう。
「ほら、レナ。まず家さ入って、汗ふいて着替えるっぞ」「確かに、汗で肌がかゆいような気がする」
「女子の肌ってば、そんくらい繊細だべしゃ」
私が演技で睨むと、父は少し驚いた顔をした。その後すぐに冗談だと笑ってみせると、父も安心したようで笑い返してきた。
相当疲れたようだ。
レナの着替えは、寒さでゆっくりな動きになっていた。
それは、冬眠するのか、とツッコミたくなるスローさだった。
私は一足先に着替え終わって、その様子を見ていた。
白い肌は、汗で少し赤くかぶれている。
虚弱なエルフのレナをこのまま放っておけない。
「服を替えたが、ゴワゴワ感が強い。シャワーを浴びて来ていいかい」
「んだば、給湯器の温度を上げてから。あッ!」
レナの提案を聞いて、給湯器を触っていたら、私は対案を閃いた。 これは良い温活になるぞ。私はすぐにミヒロへ電話をして営業中の確認をした後で、父に理由を説明し、車を出すようにお願いした。
また寒い外に出る羽目になったレナは、不思議そうに私の顔を見た。
「なぁ、ソナタ君。私たちはこれから、どこに行くんだい?」
「湯さ」秋田弁のショート会話では、「どさ?」「ゆさ!」と言われる現象だ。
「どこに行くの?」「温泉に行く!」である。
秋田の冬の温泉は、雪景色が映える。
当然、冷えた身体が温まれば、気分も最高になる。
地元民は日帰りで、入浴を楽しみにする人もいるくらいだ。
もちろん県外の方々も、わざわざ雪深い秋田まで、温泉のために通ってくださるくらいだ。
ちょうど都合の良い展開。
最上級の温活である温泉へ。 旧友ミヒロの祖父が、雪沢で温泉をやっている。レナは、冬の対価の答えが分かり、助手席にさっさと飛び乗った。
楽しそうな彼女の目を見て、私も楽しみだと思う。
その代わりに、私の我が侭な行動を、心の中の私が咎める。後部席に乗った私は、バックミラー越しに父と目が合う。
申し訳なさそうな私の目を見て、父は少し喉を唸らせた。忘れていたクリスマスよりも、私にとって大事な日が12月23日なのだ。
本日、父の誕生日。
なので私は、父に迷惑をかけたくなかった。
車のエンジンがかかり、雪道を走っていく。
私たちの目的地は、雪沢温泉である。【広告・PR】
