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冬の残滓 おこうの足跡の謎を追え!【解決編】
立春過ぎたら、春。
2月の中旬は、日本の秋田県北じゃあ、まだまだ肌寒い。
身を切る冷たい空気は、そのままだ。
雪は少しばかり穏やかになり、たまに晴れ間も覗くようになった。
というわけで、おおまちハチ公通りには、行き交う人たちが更に多くなった。
足下は半分溶けた雪道であるが、凍っている道よりはマシだ。
通りの音は、屋台のエンジン音、人々の歩く音や声で、活気に満ちている。
露店を見ても歩くと、飴以外にも、からあげやクレープ、煮込みホルモンも販売しているし、きりたんぽ鍋から上る湯気も見える。
繋いだ手がいつの間にか離れているのに、私は気づいた。
レナとおこうは、器と箸を持って、桃豚さんの煮込みホルモンをハフハフと食べていた。弾力がある肉でも、これまた美味そうなホルモンの匂い。出汁を吸ったキャベツの食感がたまらないだろう。
恐らく、レナは比内とりの市の寒い中で、食べた汁物の温かさにはまったのだろう。無意識に暖を求めるのは、彼女の場合は比内とりの市の経験則からである。
「んめなぁ~」
「それな~」
目を細めて和やかに地物を食する2人。
秋田っぽい食事で、イベントを満喫するのは良いけどさ!
飴食べようよ! アメッコ市なんだから!私のムッとした表情を見て、空気を読んだレナが苦笑いしつつも謝った。
「おっと、主旨からそれたな。ごめん。ただ、この飴は私に食われまいと、歯にくっついてくるのか?」
懐から、小袋を取り出して、飴を頬張るレナ。
あれこれと買わずに、食べきりサイズを抜け目なく買っている。
昔ながらの飴は、歯に付きやすい。
食べきれないまま飴を小袋ごと放置すると、溶けたり、乾いたり……それは難点だ。
ニヤニヤしながら、おこうが1口大のチョコレート色の菓子を食べている。
「悩ましい飴を食べる問題。その解決には、大鳳堂のショコラアメよ。柔らかくて、外はホロ苦くて、中は甘い。んめぞ~?」「それ、くれ!」
「おう、食じゃ!」
「お~! 美味いぞ、これ! 後で3袋買おう! お茶菓子にする!」
大鳳堂のショコラアメ。イギリス娘レナのお気に召したようだ。
これで1年間、この虚弱レナっ娘が風邪を引かなければ良いのだけど。
もっとも、太らないか心配だ。いや、もうアウトだ。
私は苦笑いした。
その表情をレナは間違った反応で受け取った。
前向きなレナ解釈では、ごめんねぇ、と私が謝った表情と見たようだ。
「あぁ、ソナタ君が言っていたバレンタインデーか」
「何じゃ、それは?」
不思議そうな顔のおこうは、現代っ子にしては、世俗文化に疎いようだ。
アメッコ市は知っているのに、バレンタインデーを知らないようなのだ。
私はただ目を泳がせた。
娘に与える、洋物の情報に対して厳しい。
たぶん、おこうの両親は、厳格なんだろうな。
レナは探偵らしく、バレンタインデーについての調査を、ドヤ顔で報告し出した。
「結婚の仲人であったバレンタイン司祭の殉教日であるのと、後世の恋人たちのイベントは、様々な時代を経て一体化した。偉大なるイギリスのキャドバリー社が、贈答用チョコレートを作ったのが、恋人に送るチョコレート文化のきっかけと言われるけどな」
「「へぇ~。んだのが~」」
私とおこうは、素直に受け入れた。
昔々。
家族の元へ帰れるか一喜一憂するのは、兵士のやる気にかかわる。
そのために、結婚を禁止した皇帝がいた。
その皇帝は、兵士とお嫁さんの結婚式を密かに仲介したバレンタイン司祭を、処刑してしまった。
そういう意味で、バレンタイン司祭の殉教日である。
少し時代を経て。
未婚のカップルが、くじ引きで付き合うという、春のイベントがあった。
あまりにも宗教的にどうなのか、という理由づけで、バレンタイン司祭を祭るという行事になったらしい。
何だか、伝承と文化がハイブリッドした、うちのアメッコ市と似ていなくもない気がする。
因みに、ヴィクトリア女王の在位していた、1868年。
イギリスの食品店『キャドバリー』がはじめた贈答用チョコレートの販売。
それが、今のバレンタインデーのはじまりとは言われている。
私が一生懸命に、情報を頭で整理していた。
同じタイミングで、探偵エルフも考え事をしているようだった。
そして、レナは少し照れた顔になって、さらに口を滑らせた。
「イギリスでは、ちょっと良い食事をしながら、サプライズで恋人へ花束を渡すんだ。結構、演出に頭を悩ませるイベントではある。……ん、今の聞かなかったことにしてくれ」
私と同じように黙っていたおこうは、何かを察したようだ。
目を輝かせて、口を開いた。
「花なら、大館にもあろう。ちょっと行ってくるから、待っておれ」「え、ちょっと待で……」
私の制止を振り切って、おこうは駆けだした。
シアがいつの間にかいなくなっていたのも、思いついたまま行動するからだ。
大館には、似たような行動力先走り娘が多いのか。偶々なのか。
おこうの走っていた方向は、焼き肉チェーン店の駐車場があった。
その駐車場に広がるキッチンカーブースに、軽快な音楽が響いている。
そこから周辺も見回したけど、彼女はもういなかった。
胸にモヤモヤを抱きながら、私たちはブース近くの歩道を歩く。
商店街の屋根の下で、見慣れた大小の女子コンビが、秋田ガパオライスをおのおの頬張っている。
歩いてきた私たちに気づいたようだ。
その大の方、シアがスプーンを持った手をあげる。寒くても元気が余っている大声だ。
「あ、レナっことソナちゃん、探してくれてありがとね~!」
「めっさ疲れたわ。……なんで神明社の方まで行っているんだよ。このカニ女、横歩きが自由か」
「だって、カメさんが探すの遅いんだも~ん」
「誰が亀じゃ……、あたしは水瓶座生まれって、毎回言っているだろ」
小の方、ミヒロは、秋田ガパオを小さい口にスプーンで運びながら、苦労をぼやいている。
幸せそうに口喧嘩をしている2人から、足下に視線を映した。
ミズキの枝に赤い飴が花のように咲いている。壁に立てかけて、枝飴が置いてあった。
そこに下がった短冊に付箋が付いている。剥がして書かれた文字を見た。
『ソナタ ありがとう』
ひらがな、このクセ字に見覚えがある。
アーティステック・クセ字は芸術点高いと、仲間内で言われているレナの字だ。
私の手元の付箋を見た、レナの顔が驚いたまま固まっている。
無論、書いた人物に私も察しがついた。
「おいおい。主役は枝飴だろう。レナっことソナタは、イチャつきの度が超えすぎだろ、これ」
「あっはっは。イギリス紳士、いや淑女の告白はさ、今日もオシャレだねぇ」
ミヒロはいつも通り、渋い顔をして、目の前にある現実を言う。
半分、レナの洒落だと思ったのか、シアまで悪ノリで冷やかしてきた。
身に覚えないレナは、長い両耳を真っ赤にして涙目のまま、私へ訴えて来た。
「ソナタ君、わかっているよね」
「なんともね。大丈夫だべ」
あぁ、もう。私の大丈夫が一番あてにならない。
探偵エルフさんのレナ、動揺しないでくれ。
そもそもレナ、おこうの前で惚気話を延々と喋っただろうに。
せっかく、おこうが良いパスをくれたんだ。
あの存在が何だったのかって……。
そんな些細なこと、雪上にあふれる人の足跡と同じだ。
考える必要もない。この場に毎年いるものなのだ。
そう思った私は、もう肝が据わった。おこうがくれた枝飴を手に取った。
気まぐれに降り出した2月の雪は強く、ここにあった足跡を消した。
今年のアメッコ市は、今日と明日で終わる。
人々の思い、1年の健康や幸福への願いは満たされたように見える。
その後で、今年の冬の残滓を持って、また次の冬へ彼女は消えるのだろう。
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