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秋田涼夏奇譚 泰衡と風穴の謎を追え!【解決編】
米代川系の下内川沿い、国道7号線。 白沢跨線橋を越えてくると、山道もさらに緑が深い景色へと変わる。探偵エルフのレナ=ホームズの原動付バイクは、秋田の山道に負けず、今日も頑張っている。
イメージしている原動付バイクとは違って無骨な大きさなのは、レナの姉が普通のバイクに乗るなと言っているせい、とは以前に聞いている。
それにしても、レナの運転速度はものすごく慎重すぎる。今回は夜でないだけマシなのだろうけど。
「ねぇ、レナは格好いい子に乗らないの?」
「乗らない。運転技術に自信がない」
「エルフさん、慎重すぎる」
「慎重だから、エルフなんだよ」
私を含めて、人間はある意味恐れ知らずなのだ。
エルフのような少数民族は、ものすごく自制心が強い。謙虚というより、かなり臆病なくらいだ。
私は乗せてもらっている立場上、それ以上、レナに要求しないことにした。
ただ真夏のツーリングは、すごく暑い。風がない日なので、余計にそう感じるのかもしれない。
これは涼むために、過酷な道を行くかどうか、と自分の胸に手を当てて聞きたくなる。
「私は運転が得意じゃないけど、ソナタ君のためなら、何処へでも行くよ」
「あ~、んだが~。私もとしょったら免許取るがら~」
「エルフの安全運転ですぅ!! まだ、ご高齢者マークはついていません~!!」
「うんうん、安全運転でお願いすっど」
最近は、レナと私は、冗談を言い合える仲になってきた。
国道7号線の山間、道路の途中だ。
ここに目的地『長走風穴』の駐車場があった。自転車を降りて立っているのは、暑い中でも長袖・長ズボンのミヒロだった。
私たちに、虫よけスプレーのノズルを向けて、旧友は言った。
「お前らは、夏の阿仁に行ったばかりなのに、山をなめんなよ」「いや、虫よけスプレーと日焼け止めはしてきたけど?」
「レナっこは、ま~だ秋田の山を分かっていない!」
「ちょっと待……、にょわ~~~~~ッ!!」
ミヒロの噴霧の中に、ライダー姿のエルフさんは消えた。
私は手を合わせて、彼女を拝むことしか出来なかった。
秋田に限らず、虫と動物と植物、それに山の環境と共存するのは大事なことだ。
風穴王である佐々木耕治氏の石碑を見た後、倉庫跡を目指して歩く。私たちはさくさくと、石段を登る。レナはげんなりした顔をしている。
「なぜに……なぜに、登山なんだ?」
「何、これだばトレッキングだ。登山でね。それさ、長走風穴ってば登るべ?」
「地元民しか分からない話だ。私のような、か弱いエルフには理解できない」
「んだが! まんつ、がんばるすべ!」
「謎の体育会系な合言葉! エルフにはやめれ!」
試される大地、秋田。
その参加は、人間、エルフ、動物、昆虫、植物などの種類を問わない。
若干、山に詳しいミヒロの言っていた通り、高山植物は春と秋の間でお休みみたいだ。
その代わり、緑が濃い。
草刈り後で歩きやすい道だけど、なんだかジュラシックパークみたいな空気感だ。
妙に、背筋がぞくぞくとしてくる。風穴前なのに悪寒だ。
原因はこれか。
熊の出没注意の看板。
野生の熊にとっては、私たち全員が人である。
エルフも、人間も、善悪も、それらは全くない。
熊はおっかねぇんだ。くわばらくわばら。
私が代表して、ガラガラと熊よけ装置を鳴らす。
ミヒロが察した上、冷静な素振りで、私の心境への答えを言った。
「ソナ、それは熊注意の看板と、熊よけ装置を見たせいだ」
「熊~、おっかねぇ~よ~! 言うでね~!」
「弱音を吐くな! 心の余裕ない者が、レナのように貧弱な者を叱咤激励するな! おらッ、レナっこ! 熊のエサになりたくなければ、さっさと登れ!」
「言ってらごど、矛盾してっぞ~。えふりこぎエルフさんに優しくしてけれ~」
えふりこぎ=見栄っ張り。秋田弁でもメジャーな単語だ。
それより、だ。
石段の周囲の気温が低くなってきた気がする。
木製のデッキがあった。その側に堀のような道が見える。
白い霧だ。あ~、冷気か~。
ここが2号倉庫跡だ。気温ゆえに、春先まで雪が残っていることもある。
「確かに、涼しい。だけど流石に今は、天然の冷蔵庫として利用する時代ではないだろう。もっと安全に入れる倉庫跡はないのかい?」
「うーん、1号倉庫……いんや、風穴館の中さ行くべし!」熊の恐怖に支配された、私の返事に余裕なし!
そもそも現代人が業務用冷蔵庫を開発したので、今ではリンゴなどの農産物を倉庫で冷やすこともない。
だから、倉庫跡なのだ。
合理的な判断。現代に染まっている私たちは、すぐ下山した。
1号倉庫跡も過ぎた。立派な建物で安心感が強いという理由で、まず風穴館へ入った。
幸いに、熊にも遭遇しなかった。
風穴館内では、風穴現象の解説や、矢立峠を通過した過去の偉人紹介もある。2階の岩から冷気が出ている場所が、レナたちのお気に召したようだ。
だらけ切っているミヒロとレナは、冷房の前で溶ける猫たちのようだ。
にゃんとする。
「レナっこ~。ここで涼むために、暑い中、過酷な道を来るかどうか悩むよな~」
「あと5分を惜しめば、まだ知らない観光地を諦める。だが、この涼しさを知れば、またここへ来たくなるかもしれない」
「追加でもう、あと5分にゃあ~」
「あと5分追加にゃあ~」
あと5分とあと5分と、溶けるように時間が経過していく。
結局、2時間超の滞在になった。
人間もだらける、最高の冷えた空間。夏草や兵どもが夢の跡。
夏の国道7号を越えてきた私たち、よく冷えた倉庫跡に夢の国を感じていた。
秋田涼夏奇譚とは、冷気のあまりに出られなくなる空間があるという、地元の噂話だろうか。
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